ネガティブな自動思考との付き合い方
寝れない夜の“脳内上映会”
夜、布団に入る。明日の予定をざっくり確認して、スマホを置き、目を閉じる。普通ならこれで寝れるはずだ。だけど、その日は違った。
突然、数年前の失敗が脳裏に浮かんできた。学生時代の飲み会での失言、職場でのミス、友達の微妙な反応…。一つ思い出すと、次から次へと記憶が蘇る。まるで深夜に突然始まる“脳内上映会”。出演者は自分、演目は「恥ずかしかった瞬間集」。
布団の中で身じろぎしながら、ふと「なんでこんなに昔のことを思い出すんだろう?」と考えた。解決したくても過去に戻れるわけじゃないのに、それがどうしても頭から離れない。この現象、実は「ネガティブな自動思考」と呼ばれるものだった。
「やりたいこと」も「やるべきこと」も全部できる! 続ける思考
\\今一番売れている習慣本!//
「これならできる」と反響続々、たちまち5万部突破!
三日坊主のための等身大の習慣本、ついに完成!
\\各界から推薦の声が届いています!//
仕事も趣味もあきらめないコツが、一冊にまとまってる!
すごい本です!(『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』著者・三宅香帆さん)
枕元に置くだけで「続けられてしまう自分」になれる!
これで私も、新しい習慣が3つできました。(経営コンサルタント・神田昌典さん)
自動思考って何?
心理学的には、「自動思考」とは無意識に湧き上がる考えや記憶のことを指す。ポジティブな内容もあるにはあるけれど、なぜかネガティブなものが頭に浮かびやすい。これは生存本能に関係しているという説がある。
昔の人間は危険を避けるために、悪いことや失敗を記憶しておく必要があった。たとえば、どの森に危険な動物がいたかを覚えておけば、命を守れる。つまり、脳はネガティブな情報を優先的に保存するように進化してきたわけだ。
けれど現代では、その機能が過剰に働くことがある。会社の会議で言い間違えたことが、まるで虎に追いかけられたくらいの危機として記憶されるのだ。そうして布団の中で再生される「恥ずかしい瞬間集」が止まらなくなる。
自分を責める癖の正体
特に真面目な人ほど、自動思考の“罠”にハマりやすい。私自身、昔から何事も完璧にやりたいタイプだった。そんな性格が災いして、失敗したときの自己批判が人一倍強かったのを覚えている。
たとえば、友達と食事をしているとき、言い間違えをして全員が笑った場面。その瞬間は「盛り上がった」と思うだけだったけど、帰り道になぜか「あの場でバカだと思われたかもしれない」と考え始める。頭の中で勝手に「自分=失敗した人」という図式が作られるのだ。
こうした「自分を責める癖」は、意外にも多くの人が抱えている。心理療法でも、この癖を変えるための治療法があるほどだ。
自動思考との向き合い方
1:まずは“気づく”こと
このネガティブな自動思考、完全になくすことは難しい。でも、「あ、また自動思考が出てきたな」と気づくことはできる。
たとえば、「恥ずかしい思い出が頭をよぎった」という瞬間に、「これは自分を守るための脳の癖だ」と考えてみる。自分が過去の失敗にとらわれるのは、それだけ真面目に生きている証拠だと受け止める。
カウンセリングや認知行動療法でも、この「気づく」というプロセスが最初のステップだ。何かを克服するには、まず敵の正体を知ることが大事なのだ。
2:今に没頭する
ネガティブな自動思考を完全になくすことは難しい。だからこそ、それに立ち向かうのではなく、“考える隙を与えない”という選択肢が効果的だ。
たとえば、過去の恥ずかしい記憶がふと頭をよぎったら、「今、この瞬間に集中する」ことに意識を向けてみる。料理をするなら包丁の音や食材の香りに、散歩をするなら風の冷たさや景色の変化に注意を向ける。これが、動的なマインドフルネスや「今ここに生きる」という考え方だ。
考えごとに囚われないためには、身体を使うアクティビティが特に効果的だ。全力で掃除をする、軽くジョギングをする、ひたすら文字を書き続けるなど、頭を使う余地をなくすくらいの勢いで何かに没頭するのだ。これを実践しているうちに、いつの間にか脳内上映会が遠ざかっていることに気づく。
心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー状態(没頭している感覚)」もこの考え方と通じる。何かに夢中になっているとき、人は余計な思考にとらわれにくくなる。それこそが自動思考への最も自然な対抗手段かもしれない。
今この瞬間に全力を注ぐことで、自分の脳を忙しくしてあげる。そうすることで、頭の中の過去の記憶に割く時間を自然に減らせるのだ。
3. 自分の失敗を客観視する
また、ネガティブな思考に取り込まれないために有効なのは、自分の失敗を“客観的”に見ることだ。ある日、私は友達に「最近、寝る前に昔の失敗を思い出して困ってる」と話してみた。すると、「そんなの全然覚えてないよ」と言われたのだ。
そのとき気づいたのは、「他人は自分ほど自分の失敗を気にしていない」ということだ。自分の脳内では大事件でも、他人の記憶にはほとんど残っていない場合が多い。
これを意識してからは、「自分が思っているほど大したことじゃない」と心の中で言い聞かせるようにしている。それだけでも気持ちはだいぶ楽になるものだ。
過去の失敗がくれる“贈り物”
そして、ある日ふと思った。これだけ失敗の記憶に縛られるのなら、その失敗を“使って”やろうと。
仕事でのミスから学んだことを次に活かしたり、友達との失言をきっかけに対人関係の築き方を考え直したり。過去の失敗は、そのときは辛いけれど、後になって振り返ると、成長のタネになっていることが多い。
「思い出すのは辛いけれど、それがあったおかげで今の自分がある。」そう思えると、自動思考も少しだけ味方に感じられるようになる。
“脳の癖”を乗り越えて
寝れない夜に始まった脳内上映会。その上映リストはまだ消える気配がないけれど、少しずつ付き合い方がわかってきた。
過去の失敗を責め続けるのではなく、「自分の成長の証拠」として受け入れる。そうすることで、いつか自動思考に振り回される日々も遠ざかるかもしれない。
脳の癖を責めすぎず、少しずつ距離を取る。そんなふうに自分を許してあげることも、たまには必要なのかもしれない。
こちらもおすすめ