映画『ウィキッド ふたりの魔女』徹底考察:善と悪の境界線、社会的抑圧、権力の欺瞞

映画『ウィキッド ふたりの魔女』考察

はじめに:「ウィキッド」は寓話である

映画『ウィキッド ふたりの魔女』は、ただのファンタジー映画ではない。
オズの国を舞台にしながらも、この物語は「私たちの世界の縮図」として機能する。
「善と悪」「権力と支配」「社会的マイノリティの抑圧」などのテーマが、ミュージカルの華やかさの裏で鋭く描かれている。

本記事では、映画の構造を深掘りしながら、『ウィキッド』が持つメッセージとその背景を徹底考察する。



1. 「善と悪」は本当に存在するのか?

『ウィキッド』最大のテーマのひとつが、「善と悪の境界は曖昧である」という問いだ。

『オズの魔法使い』では、西の魔女(エルファバ)は「悪」、グリンダは「善」という明確な二分化がされていた。
しかし、『ウィキッド』では、この図式が完全に覆される。

1-1. 「悪の魔女」は誰が作るのか

エルファバは生まれながらに「緑色の肌」を持ち、それゆえに社会から排除される存在となる。
だが、彼女の行動そのものは決して「悪」ではない。むしろ、社会の歪みに抗い、正義を貫こうとする。

しかし、オズの権力者たちはエルファバを脅威とみなし、「西の悪い魔女」というレッテルを貼る。
彼女が悪になったのではなく、社会が彼女を悪として規定したのだ。

この構造は、実際の歴史と密接にリンクしている。

  • 魔女狩り(セイラム魔女裁判)
    →「危険な女」という理由だけで罪のない人々が処刑された。
  • 公民権運動時代のメディア操作
    → 権力に逆らう者(キング牧師、マルコムXなど)は「過激派」として報道された。
  • 現代のSNSでの炎上文化
    → 一部の発言や立場を切り取られ、バッシングされる構造。

『ウィキッド』は、「誰が善で誰が悪かを決めるのは、社会やメディアの力である」という事実を突きつける。

1-2. グリンダは「善」なのか?

グリンダは物語の表面的な「善の魔女」だが、彼女もまた「善と悪の境界」に揺れるキャラクターである。

  • 彼女は最初、エルファバを見下していた。
  • 社会的に受け入れられるために、権力者側についた。
  • しかし、物語を通じて本当の「善」について考えるようになる。

彼女は**「環境によって変わる善人」**として描かれている。
この変化こそが、物語の中で最も人間的な部分だ。

2. 権力と欺瞞:オズの魔法使いとは何者か

『ウィキッド』では、「オズの魔法使い」というキャラクターが、権力の欺瞞を象徴する存在として描かれている。

2-1. 「見せかけの権力」

原作『オズの魔法使い』でも有名な設定だが、オズの魔法使いは実際には魔法が使えない。
つまり、彼の権力はすべて「虚構」によって成り立っている。

しかし、人々は彼を信じ、従い、彼の作り出した幻想の中で生きている。

これは、現実世界の政治やメディアにも共通する話だ。

  • プロパガンダによる支配(ナチス時代のゲッベルスの手法)
  • 「見せかけのリーダー」の誕生(カリスマ性だけで選ばれる指導者)
  • 情報統制による大衆操作(メディアによる情報操作)

オズの魔法使いの存在は、こうした「権力の欺瞞」をファンタジーの形で皮肉っている。

2-2. ヤギの教授=言論統制のメタファー

シズ大学のヤギの教授・ディラモンド先生の存在も重要だ。

彼は知性を持ち、真実を語るが、次第に「動物は話すことを禁止される」法律によって抑圧されていく。

これは、言論の自由が制限される社会のメタファーである。
特に、全体主義国家やファシズム政権下では、知識人やジャーナリストが弾圧されることが多かった。

『ウィキッド』の中で描かれる「動物が話す権利を奪われる」という設定は、そのまま「社会から知性が排除される恐怖」を象徴している。

3. 色彩のメッセージ

『ウィキッド』では、色の使い方が非常に計算されている。

  • =異端・マイノリティ・反逆者
  • エメラルド=権力・幻想・欺瞞
  • ブロンド=社会的特権・上流階級
  • =魔女狩り・社会的抹殺
  • ピンク=偽りの幸福
  • 黄色=アメリカン・ドリームの道

このカラースキームを意識すると、映画の演出の意味がより深く理解できる。

4. 『ウィキッド』は現代社会への批評である

『ウィキッド』の物語は、単なる魔法の物語ではない。

  • 「善と悪の境界が曖昧である」ことを示し、固定観念を疑わせる
  • 「権力はしばしば欺瞞によって成り立っている」ことを暴く
  • 「社会的マイノリティが抑圧される構造」を明らかにする

これらは、現実社会においても普遍的な問題であり、『ウィキッド』はその縮図をオズの国に落とし込んでいる。

5. まとめ:「ウィキッド」は寓話であり、鏡である

この物語が描くのは、遠い異世界の出来事ではない。
私たちが生きる社会そのものだ。

  • 「誰が善で、誰が悪なのか?」
  • 「本当に正しいとされているものは、誰が決めたのか?」
  • 「権力は何によって維持されるのか?」

映画を観た後、この問いについて考えた人ほど、『ウィキッド』の本当の恐ろしさと奥深さに気づくだろう。


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